私が"働く理由"に気が付いた日の話

私が新卒で入社した会社は、いわゆる“ブラック企業”でした。

一口にブラック企業と言ってもその実情は様々ですし、もしかすると他の方から見れば私がいたところはそこまでブラックではない、と言われてしまうかもしれません。しかし、私からすればどう見てもあそこはブラック企業でした。

日々の拘束時間は12時間以上、体育会系の上司から出される指示はいつも理不尽で理解できない、そして極めつけが、創業者である社長の鶴の一声であらゆる物事が決まり、そして変わっていくというワンマンぶり。

あの頃はまだ働き方改革という言葉もない時代でしたが、それでも別の企業に就職した友人が、残業もなく無理のない勤務で日々業務を効率的にこなし、信頼できる上司にも恵まれた、という話を聞くたび、うらやましい気持ちでいっぱいでした。

そんな気持ちを休憩室でポロっと口にしてしまったことがありました。話し相手は、先輩のKさん。彼は九州の支店から異動してきた、私より5年ほど先輩にあたる方でした。私が零した愚痴を、Kさんは笑って受け止めてくれました。当然、彼も私と同じ境遇にあります。同じどころか、彼の方がこんな生活をもう5年も長く続けているのです。少々失礼ですが、正気ではないのでは…?と思ってしまったこともありました。けれどKさんは、自ら選んでここにいると、ご自分の気持ちを話して下さいました。

入社3年目で都内にある本部に異動したKさんは、ほどなくして別部署のAさんとお付き合いするようになったそうです。そしてご結婚されたのが2年後、つまり私がポロっと愚痴をこぼした日の少し前でした。

ご結婚の話自体は私もKさんから伺っていたのですが、そう考えると確かに彼が会社に居続けることを選ぶ理由もわかる気がしました。確かに職場環境は良くありません。長時間労働の常態化で体調を崩す人も珍しくなく、長く働くことは困難だという認識は、少なからずどの社員にもあったと思います。しかしそれでも、正社員として安定した給与はもらえていました。年2回の賞与も、業績によって増減するものの総額で3桁は確実に超えていましたし、残業代についても未払いになることはありませんでした。

それでも私がこの会社をブラックだと思ったのは、休日の少なさや拘束時間の長さ、有給休暇は使用できないものとする風潮や日々怒鳴り散らす上司の存在があったからなのですが、家族を守る立場にあるKさんにとっては、些事とは言わないまでも、まだ我慢できる範疇の事柄だったようです。だからKさんは、自分の体力や気力がもつ限り、ここで頑張るつもりだと語ってくれました。

そんなKさんの話を聞いて、私は自分のふがいなさを感じつつも、その姿勢を真似ることはできないと思いました。自分が女性だからというのもあるかもしれませんが、たとえ守らねばならない人がいたとしても、自らの時間をこの会社で使うことに、もう耐えられないと思っていたことも事実だからです。

仕事は人生の中でも多くの時間を割く事柄であり、私はできればそれを、楽しく充実した時間にしたいと考えてきました。そうできると信じて入社した会社がこんな状況だったので、なぜこの会社を選んでしまったのだろうという後悔も大きかったのですが、過ぎてしまったことを悔やんでも仕方ないので、やはり私は転職しようとそのとき心に決めました。

Kさんの話を聞きつつ、彼とは真逆の答えを出してしまったことに申し訳なさも感じてはいたのですが、そんな私の決意を聞いてもなお、彼は笑って応援してくれました。奥様であるAさんがKさんを選んだ理由が、なんとなくわかったような気がしました。

その後ほどなくして見事転職活動を成功させた私は、会社に退職の意向を告げ諸々の引継ぎを済ませた後、会社を去りました。

転職先の会社は、月の残業時間も10時間未満と体力的にも余裕をもって働けています。また日々こなしていく業務の中でも一般社員に発言権があり、それを上司もしっかりと汲み取ってくれる環境がありました。そんな中でやりがいと楽しさに満ちた仕事をすることができていることに、とてつもない嬉しさを感じています。

今でも私は、あの日のKさんに感謝しています。楽しく、そして自分に合った環境の職場に身を置くきっかけをくれたのは、やはりあの日の彼だと思うからです。けれど、あの会社を去ってから数年、彼と会う機会はありませんでした。よくよく考えてみれば、連絡先も知りませんでした。今思うと少しだけ淋しい気もしますが、きっとこれで良かったのだろうとも思います。彼は彼の、そして私は私の選んだ道を行くだけだからです。

この先も、もしかしたら私はまた転職を考えるかもしれません。それは、今よりも更に良い職場を求めてなのか、はたまた私にもライフイベントが発生して職場を変えざるを得ないような状況になるか…。いずれにしろ先のことですのでわかりません。けれど、きっとその時も私はKさんに愚痴をこぼしたあの日のことを思い出すでしょう。そしてまた笑いながら前向きに、自分の将来について考えるのだろうと、そう思えるのです。

今の自分がここにいる、そのきっかけをくれた彼に、またひとつ感謝することが増えそうな気がしました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

投稿者プロフィール

コトツムギ広報

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